シュクルの行方 ~ helico様工房訪問記

雑貨店「神保町いちのいち」が東京国分寺に新規オープンするとのことで、開店当日、何気なく行ってみることにしました。オープンしたばかりの人で溢れかえる店内で、とある一角が目にとまります。ガラスのショーケースの中に、美しく輝く透明の軸が静かに、そして堂々と存在感を放っている、そんな佇まいの万年筆とガラスペン。それが、四国は高松に工房を構えている「helico(ヘリコ)」様が制作されているものだったのです。

これは欲しくなりますよね

実は、一時東京の神保町に通い詰めていた時期があって、三省堂書店本店内にある神保町いちのいちにhelico様の「シュクル」が並んでいるのを見たことがあったので、国分寺にそれがあっても特段驚くこともなかったのです。ところが、一昨年の出張イベントでオーダーされた筆たちが昨年完成されて、購入された方がSNSに写真を次々とアップされるのを眺めているうちに、次第に自分も手にしたい欲が高まっていき、頭の片隅に残っていました。そんな折、国分寺で久々に実物を目にしたが最後、即、購入の意向が固まってしまったのです。
それも既製品を購入するのではなく、受注生産品、いわゆるオーダー品で、世界に一本しかない万年筆を手に入れることを決意してしまったのでした。必要に駆られてではなく、単純に物欲を満たすためだけに万年筆を購入するのは、これが初めてのはず。たぶん。

いざ工房へ

helico様が都内近郊に出張された際に伺おうかとも思いましたが、今年(2018年)は遠征の予定が決まっていないそうで、購入を決意した当時はツイッターのダイレクトメールでの注文を受け付けていました。ブログツイッターにアップされた過去の製作品の写真から形状や材質を指定するという形式を取られていましたので、それならばということで自分に合った作品の写真を探すも、どれもいまいちピンと来ず。やっぱり実際に現物を見て判断したい! というわけで、高松の工房にお邪魔することにしました。
瀬戸大橋より瀬戸大橋を渡ります。いざ四国へ!

お邪魔します

高松の少し手前にある小さな駅から内陸に入ったところにある小さな工房で、ご夫婦でお迎えいただきました。
helico工房外観helico工房外観

ご主人の諏訪匠(すわ たくみ)氏は、昨年の東京のイベントでの受注分を、今まさに製作作業中。ご挨拶もそこそこに、工房の片隅にあるスペースで早速筆の設計の打ち合わせをすることに。ちなみに、打ち合わせは基本的に奥様が対応するとのこと。ご主人はひたすら製作に没入し、細かいディティールなどで不明な点をその都度お伺いする、という形です。
ご主人の亡きお父上は家具職人。その工場だった建物を受け継いで改装して使用しているという、2階建の小さな工房のそのまた小さな一角にある、4畳半程度の小上がりのスペース。そこに、色とりどりの「棒」たちが所狭しと並べられていました。その数、見えているものだけで300本以上! 「棒」は通称「ペンブランク」と呼ばれ、筆やその他小物の素材となるものたちです。
ペンブランク棚1どれも綺麗……

カラフルなものは大抵アクリル製。明るく輝くものから重たそうな色のものまで、本当に様々な模様をしています。何となく日本製ではなさそうだなと思いおたずねすると、アクリル製のペンブランクは台湾でつくられているものが品質が良いそうで、ご夫婦で仕入れをされているそう。奇抜な柄のものを選びがちなご主人に対して、流行り廃りを考慮して奥さんがそれを選別していくのだそうです。アクリル製のほかには、木製や2種類の素材が1本に複合された特殊なものなどがありました。

優柔不断なもので……

想像を超えるその量にただ驚くのみ。正直、ここまで種類が豊富にあるとは考えていませんでした。工房に来られた方は、ペンブランク選びに大抵2時間は迷って帰られるのだそう。そしてご夫婦も、正確な種類や本数を把握できていないそうで、そのお話もこれだけあれば納得です。注文は万年筆1本だけにしようと思っていた心が、グラグラ揺らぎはじめます。
ペンブランク箱1一本ずつ検討していたら時間がいくらあっても足りません

とりあえず、候補を絞るために目についたペンブランクを片っ端から机の上に並べます。絞るつもりで選んでいるのに、あれこれ目移りしていくうちにすぐさま机の上がペンブランクでいっぱいになります。ここでの作業は、後々後悔することとなりました。
並べられたブランク達ペンブランクを眺めているだけでも飽きません。綺麗だな~

というのも、素材の選定に悩みに悩まされて、設計の打ち合わせに時間をあまり割けなかったからです。インスピレーションは突然湧いてくるもので、いろんなペンブランクを見ていると、それに見合うような筆を思い描いてしまい、ああしたいこうしたいと、手が止まって作業がまったく先に進まなくなってしまうのです。これは、はっきり言って目論見が甘かったと言わざるを得ません。

準備不足でした

最終的には工房での打ち合わせでデザインを決定するのですが、自分のイメージする筆のスケッチを事前に準備しておくとよいでしょう。それを元に、helico様が技術的な面で調整を加えます。考え出すと、軸の径、全長、キャップの大きさ、材質は一種類か複数使用するのか、金属のリングやクリップは必要か等々、決めることは実に多いのです。そして、当然注文が多く複雑なものになるとお値段も上がります。懐具合との調整も必要そうです。
ペンブランク箱2まだまだあります!

「完成形のイメージは頭の中であるから、それをお伝えすればよいだろう」くらいの考えで訪問当日までいましたが、完成見本を見ていく中に2種類の素材から作られている万年筆を見つけて、そこではじめて「複数の素材を組み合わせる」という概念が欠落していたことに気付かされました。ただでさえ慎重にならざるをえない素材選びに、「色の組み合わせ」まで考えていたら頭が混乱してしまいます。こうならないためにも、自分の中にある崇高な理想を絵にしておくのがベターです。
完成形たち完成された筆もこんなに。美しい!

ちなみに、昨年(2017年)の東京でのイベントでは、2日間で100人以上の注文があったそうです。そこでも、ペンブランクの選定に長時間迷われる方が多いのだというお話を聞いて思わず同情しました。なんとも幸福な迷いですよね。

素材決定

あれこれ悩んだ末、結局、素材は一種類としました。緑が基調でいわゆる「クラッシュ」と呼ばれる柄のペンブランク「Irish Spring」が、最終候補と相成りました。決め手は、「一番最初に目にとまった」から。
緑のクラッシュ柄ペンブランクキミに決めた!

そして、手渡された紙にすぐスケッチします。自分がイメージする筆を図解するのです。
すでに手元にある「アガツマ15」と揃えたいため、形状と寸法はほぼアガツマ15と同等としました。筆の両端が平らのいわゆる「ベスト型」に近い直線的なデザインで、helico様では「シュクル」と呼ばれていました。ただし、軸径17mmというオーダーは記憶の限り初めてなのだそう。筆記時に尻軸にキャップオンはしないため、その前提で尻軸側のネジ切りはしないこととしました。これで非常にシンプルな円柱状の筆ができあがるはずです。通常はペン先に向かってすぼめられる首軸もストレートにして、徹底的に「直線」にこだわってみました。
スケッチ当日描いたスケッチ

今回は見送りましたが、前述したとおり複数の種類のペンブランクを組み合わせて1本の筆にしたいとのご要望も多数受けられるとのことです。
組み合わせるパターンで多く注文を受けるのは、キャップと胴軸を別の素材にするというもの。同系統の色で揃えるか、まったく異なる色のツートンカラー、ビコロールとするのかで大別されます。また、筆の形状にもよりますが、キャップの天冠と胴軸の尻軸部分を別の素材にすることも可能だそう。この場合、ベースとなる胴軸の色を決めて、天冠と尻軸はアクセントとなる色を選ぶのが上々でしょう。セーラー万年筆のプロフィットやプロフェッショナルギアの限定品のデザインを思い浮かべるとイメージしやすいかもしれませんね。もちろん、金属のリングやクリップの有無も選択できます。
ペンブランクの山名残惜しい、本当に名残惜しいペンブランクの山

こうなるとなおさら、事前にデザインを完成させておいたほうがよいことがお分かりいただけると思います。現地ではその設計を元に、膨大なペンブランクから「コレ」というものを選び出す作業に時間を割いたほうが効率的です。ご主人も製作作業をされながらの客人対応となるので、質疑がある場合はなるべくまとめてするほうがよいでしょう。工房でのやり取りは、必要最低限にするべきです。

仕方のないことです

スケッチをする際にも、ひとつ留意事項を。同じ設計で同じ素材でも、ペンブランクそれぞれの個体によってイメージがかなり変わります。アクリルのペンブランクは、木製の家具や小物と同様で、模様が均一ではありません。特にマーブル模様のペンブランクが顕著で、同じ製品名のそれでも、模様の出目次第で仕上がりの印象がかなり異なります。つまり、目の前にあるペンブランクはあくまで見本であり、実際の製品でも同じような模様になるとは限らないということです。これについては、注文するにあたって必ず了解が必要です。
ペンブランク棚2様々な模様のペンブランクたち

気に入ったペンブランクを見つけたら、この模様はどのような特徴なのかhelico様に確認しておいたほうが無難です。写真で見つけた筆と同じ素材を指定したのに、実際の完成品はかなりイメージと異なっていた、なんてことが起こりえます。実は筆者はこれを一番恐れて工房に赴くことを決めたのです。こだわるのであれば、材料として使用してほしい模様のペンブランク自体を指定してしまうのが確実です。しかしそれも、現物がないことにはどうすることもできませんので。
ちなみに、筆者が選んだ「クラッシュ」柄は模様の出目が比較的均一ですが、色の濃淡がはっきりと表れているペンブランクなので、仕上がった際に色の濃い部分と淡い部分が筆のどの部分に表れているかをスケッチ上に書き込んで指定しました。

ペン先を選ぶ

次にペン先を選びます。ニブはhelicoのシンボルマークの刻印があるオリジナルで、金メッキスチール、バイカラーメッキスチール、14金から選ぶことができます。いずれもドイツ製です。ただし、バイカラーの鉄ペンは、仕入れ元から製造を中止する旨が伝えられているため次回以降選択は難しいかもしれません、とのこと。金ペンは金一色タイプのみです。
フロントヘビーを好まれる方向けに、首軸内部が金属製のものもご用意できるとのことです。ただしその場合、helicoオリジナルのニブではなく汎用のニブとなる点に注意が必要です。実際に持ってみると、たしかにアクリルのみの筆に比べてずっしりとした重量があります。筆の重量に気をかける方は要検討です。
オリジナルペン先の書き心地は、細字の鉄ペンを試筆させていただくと、鉄ペンにしてはかなり柔らかいタッチで金ペンとさほど変わらない感じでした。線の幅も割と国内メーカーの万年筆に近い太さです。鉄ペンをチョイスするとだいぶお安くなりますので、金ペン希望の方も一度試筆してみることをおススメします。

晴れて発注!

お値段48,000円+税。前述のとおり、ペン先が14金なのでこのお値段ですが、鉄ペンであればもっとリーズナブルです。逆に特殊な設計やパーツを使用すると高額になります。前金として約半額をその場でお支払い。
とりあえずこれで注文は一段落。ここに訪れた多くの方と同様にまるまる2時間滞在させていただいたわけですが、本当にあっという間でした。
選抜を勝ち抜いたペンブランクどんな筆になるのかな……

すべて手作りの工房

工房内をちょっとだけ見学。金属旋盤(ろくろ)が2台、部屋の中央を陣取っています。そこでご主人が一人淡々と、削りだされたアクリルの「カス」まみれになりながら作業を続けています。
旋盤ご主人が作業中の旋盤

周囲には色とりどりのアクリルブランクたちが無造作に置かれています。小さいながらも、いかにも「工房」という感じ。
建物は、鋼鉄の骨組みに木の角材を積み上げたログハウス。もともとは別棟だった三つの家を取り壊し、その材料を使ってご主人のお父上が組み上げたという手製の家だというのだから驚きです。たしかに、支柱がむき出しの建物内部は、なんというか「ハンドメイド感」のようなものが漂っています。家具を作る延長で家まで建ててしまうとは…… 建築しながら住まれていたそうですが、完成途中で他界されたのだそうです。
1階天井おそらく2階の床と兼用と思われる1階天井

工房に来られるのは遠方からの方も多く、北は北海道、南は九州まで、車やバイクで来訪されるそう。筆者のように新幹線を乗り継いで徒歩で来るのはめずらしいそうで、ご夫妻揃って驚かれていました。
そんなご主人自身は元は木工職人。なんでも、木材でいろいろ作っていたところ、バイヤーのウケがよかったのが万年筆だったのだそうで、以来万年筆に注力しているのだとか。
立て掛けられたペンブランク加工待ちのペンブランクたちでしょうか

男性的なイメージのある万年筆ですが、helico様のそれは購入される7割が女性なのだそう。それもそのはずです。キャンディのような、アイスクリームのような「おいしそう」とも表現できるペンブランクは、ただそれだけでも物欲をそそられるのに、磨かれて美しい輝きを放つ自分だけの筆になるのですから、女性に人気が出ないはずがない! ご主人は「helicoの人気が落ちたらまた木工職人に戻ってもいい」なんておっしゃっているらしいですが、その時が来るのはまだまだ先のようですね。

現物を見てもらいたい

helico様は独自のホームページをお持ちではありません。あくまでも対面販売にこだわり、通信販売は原則として行っていません。これについて「ペンブランクの状態を写真で伝えることがどうしても難しいという面が大きい」とおっしゃっていました。たしかに筆者もそれを感じていて、それゆえにあえて工房にお邪魔して実物から判断しようとしたわけであって、今回の訪問でそれが正しいと確信に至ったところです。
生粋のペンブランクと磨かれた後のそれとは、質感がだいぶ異なります。もともと未加工でもスベスベしているアクリルが、ご主人の手で磨かれると光沢が宿り、さらにツヤツヤしているのです。そんな違いが分かったのも現地に赴いたからなのです。
無造作に置かれたペンブランクたちこれは何をしているところでしょうか?

また、一般的な通信販売の形を取ると対応しきれないという面もあるそうです。作業工程はすべてご主人一人でさばいています。当然、製造本数にも限りがあります。シンプルで簡易な設計や、作業がある程度似通った注文が複数あると作業のペースは速まりますが、それでも1日1本が限界。基本的に「一本モノ」であり、同じ材質でも同じものはできないことは、すでに述べたとおりです。それは、買う側と作る側両方に言えることなのですね。
「現状のお仕事のほうがお客様との距離感が丁度いい」とは奥様談。たしかに、少人数で業務をこなすにはあまり手を広げすぎないほうが得策であることは、helico様に限ったお話ではないはずです。この面にも共感できるものがありました。
机上作業机の上

よろしくお願いします。

本音を言うと、まだまだ工房を見学したかったのですが、お昼の時間をとっくに過ぎていたのと、筆者自身のスケジュールが詰まっていたため、お暇することとなりました。
さてさて、どんな万年筆が仕上がるのか、今から楽しみでしかたがないです。納期は12か月。約1年です。この長い時間からも、万年筆では異例ともいわれる人気の高さが見て取れますね。
今回は、たまたまhelico様がツイッターのダイレクトメールでの受注受付をされていたので発注をお願いしましたが、現在はすべての受注を止めています。製作の進捗状況に応じていますので、今後の動向を見守っていましょう。
また、工房のご見学をご希望される場合は、必ずhelico様との連絡を密にしてください。工房での作業は不定期で変動しますので、helico様のツイッターブログで情報をよく確認してからスケジュールを組みましょう。

気長に待ちましょう

はじめに述べたとおり、今年は出張オーダー受注の予定はないそうです。しかし、既製品についてはイベントでの出張販売をされる予定とのことですので、ご興味ご関心のある方は、ぜひ一度イベントに赴いてみてはいかがでしょうか。
近所の小川工房近所の小川

はあ~完成が待ち遠しいな~

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